語りつくせぬ想いと共に

With special thanks to AOYAGI

今月末、一つの店がその歴史に幕を降ろした。日本中に星の数ほどある飲食店の中で、このお店ほどお世話になった店はない。

「お帰りなさい!」
のれんを潜ると、まずはこの大きな声で迎えられる。
このお店の第一声は、「いらっしゃい」ではなく、「お帰りなさい」である。お客は皆家族として受け入れられるのだ。

すぐ右手に、一枚板のカウンター。7人ほど座れるこの場所は、常連さんの定位置。左手には、テーブル席が二つ。その奥には囲炉裏風の個室。さらに左手奥には、20人ほどの宴会が可能な大部屋があった。

私は、このお店を「人生大学」と称し、ときあるごとに「学び子」(独り言Vol.20ご参照)たちを連れて行った。カウンターは、差しでゆっくりと飲む場所。テーブル席は、お店の皆さんを交えて賑やかに過ごす場所。相談事の場合は、囲炉裏部屋。そして年に数回行っていたゼミ大宴会は大部屋と、それぞれの部屋は、その時々の学び子と私を心地良く迎え入れてくれた。

お店の名物は、なんといっても「鯖味噌」。数日間煮込んだ鯖は、骨まで丸ごと食べられた。何よりマスターの愛情がたっぷりと沁みこんでいた。留学などで海外に出発する学び子たちは、皆鯖味噌で見送り、帰国時は、鯖味噌で迎えた。誰にも真似の出来ない特別な味だった。

そして、最もお世話になった場所、囲炉裏。この場所で何人の学び子たちと掛け替えのないときを過ごしたであろう。ときに笑い、ときに涙し、ときに叱責し、ときに励ましあったこの場所。私の教育に欠かせない教室であった。

閉店の日、すべての部屋に頭を下げて回った。
「本当に有難うございました。」
頭を下げていると、それぞれの部屋からこんな声が還ってくる気がした。 
「先生もお疲れ様。よく頑張りましたね。」

私の教育を一番見てくれていたのは、このお店だったのかもしれない。

味居酒屋「青柳」
語り尽くせぬ想いと共に、今、幕を閉じる。


(ご参照ひとりごと:Vol. 22, 63, 71)

2006年12月
#088 語りつくせぬ想いと共に
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