男子たれ

Be a strong man

「おまえ、金玉ぶら下げとっとか!」 
幼年時代、女々しくしたり、尻込みしたり、くよくよしたりしていると、父親や親戚の叔父さんたちから、よくこう言って怒鳴られた。その度に「なにくそ!」と思って歯を食いしばった。

我国の青年男子は、すっかり軟弱になった。教育界に止まらず、あらゆる社会でそう言われて久しい。女性が強くなったからだ、との声もあるが、それは論拠のすり替えに過ぎず、社会進出の飛躍的向上に対するやっかみと、ここでは捕らえておきたい。
それにしても最近の男子は、本当に頼りない。覇気がない。力強さがない。

私はこの現象を次のように捉えている。
まず、父親不在の教育だ。いるいないの問題ではなく、息子への関与だ。
「子供の教育のことはお前に任せたから」などと妻に言っているようじゃ、息子の軟弱度を加速させるばかりである。
冒頭の暴言などは、まず母親や女性から発せられることはない。厳しく突き放す雄(オス)の性による発言である。雄の性の基本は、愛情を以って厳しく突き放す。
対照的に、雌(メス)の性は、懐(ふところ)に抱かせる。母親の懐にばかりいれば「あまったれ坊や」にしか育たないとことは、至極当然のことである。

第二に文明の発達だ。ここまで技術・物質文明が発達してしまうと、動物(人間)が本来持っている性の本質を発揮する必要がなくなってくる。力仕事は男、細かな手作業は女、など当の昔の話になりつつある。文明の進歩が人間の中性化を助長するという事実は、歴史が証明しており、現代の日本にあっては、雄雌の本能はすっかりと影を潜めてしまった。

更に困ったことに、商業主義や利益主義にひた走る企業が推し進める文明革新は、今後も歯止めがかからないだろう。そして、すでに中性化してしまった父親たちが、次世代の子供を育て始めている。軟弱な男子を生産してしまう構造が、きっちりと定着してしまった。

「中性化して何が悪いのだ。男子が軟弱になって何がいけないのだ。」
反論もたくさんあろう。 
悪いとは言わない。しかも、それらマイノリティーが存在し、それらを受け入れる社会構築には大賛成である。

しかし、動物は本来の性質に、本能によって魅せられ惹かれ合うのである。
本能の消滅は、種の消滅までをも意味するのだ。

青年男子よ。そのことに気付いてくれ。
もう自己改革しか、残された道はないのだから。

2005年2月
#066 男子たれ
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