熱意
Enthusiasm
熱意とは読んで字のごとく、「熱い思い」「熱心な気持ち」「意気込み」という意味。
平たく言うならば、「何が何でもやりたい!」ということだ。
今月から、学生アルバイトを雇って、事務雑用をお願いすることにした。大学生協のアルバイト掲示板に張り紙をし、結果として13名の応募があった。その中に、昨年度まで開講していた自主ゼミ生の小島絵理子がいた。
自主ゼミ生たちには、アルバイトを雇う方針を早めに知らせていた。そして、このアルバイトは、自主ゼミとは違い、完全に私の仕事の補助を行ってもらうために雇用する旨を伝え、半ば心を鬼にして、
「今の君たちは未熟すぎる故、その任は務まらない。」と苦言を呈してきた。
無論、心の中では応募者が出てくれることを望んでいた。
小島はこの話をした当初から、興味を示していた。そして、それとなく私に情報を求めてきたが、その度に、
「今の絵理子じゃ到底無理だよ」と、これまた心を鬼にして突っぱねてきた。
応募者全員と面談をし、実際に、電話応対、接客応対、簡単な事務処理対応をしてもらった。個人的感情は排し、「即戦力」を基準に選考を行った。結果として残ったのは、小島絵理子だった。
「残念ながら僕の希望に副うまでの学生はいなかった。その中で貴女が一番戦力となると判断した。ゼミ生云々という感情は全く入っていないので、気兼ねなく堂々とやりなさい」
アルバイト初日にそう伝えた。
小島は、喜びとともに、他の応募者に対する責任をかみ締めたに違いない。
諦める事、それは容易い。
しかし、本当にやりたいことだったら、何が何でもやらせて欲しいという熱意を持って欲しい。
人を動かすもの、それは最後は熱意だ。熱い想いが伝われば、人は何とかしたいと思うものだ。
劉備玄徳の諸葛亮孔明に対する「三顧の礼」では、話しが飛躍しすぎかもしれないが、それが本当にやりたいのなら、壁にぶつかっても、少なくとも3度くらいはチャレンジする気概が欲しい。
今何かを諦めようとしているそこの君。 熱意を持つんだよ。
諦めるにしても、最低でも3度は試みてみなよ。
もう一度言う。
人を動かすもの。それは、「熱意」なんだ。
