されど電話

It is only a phonecall so, that is important.

先日ある出版社の女性の方から、お葉書を頂戴した。その内容は、
「過日依頼した原稿の件、期限が過ぎてしまったので、掲載を断念する。ついては、次回に是非お願いしたい。」
という趣旨で、直筆かつとても丁寧に認めてあった。
私は、当出版社から依頼の憶えはなく、再度身の回りを確認したところ、大学のメールボックスの裏に手紙が落ちているのを発見。これは申し訳ないことをしたと、すぐその方にお詫びの電話を入れた。

その女性は、落ち着いた美しい声で、とても丁寧な応対だった。さすがは、わざわざ葉書まで書くだけの配慮をもった方だなと、話をしながら感心していた。
そして、話を終え受話器を置こうとしたときだ。予想に反し、電話口から「ガチャン」という耳障りな音が響いた。

これまでの彼女に対する憧憬の念が、一瞬にして崩れ去った。

「かけた人が先に切るのがマナー」なんて杓子定規なことを言っているのではない。
この女性を以ってしてもこの配慮かと、落胆した。電話の応対が素晴らしいと感じる人には、なかなか遇えない昨今だけに、誠に残念だった。

電話の応対は、顔が見えないだけに非常に難しい。一通りのマナーを覚えさえすれば、相手に好印象を与えられるなど、到底無理な話だ。私自身も、四苦八苦する毎日である。 

その中で、絶対に行っていることがある。
それは、受話器を置く音を相手に聞かせない、ということだ。一度指を使って静かに切ってから、受話器を置くようにしている。
どんなに素晴らしい応対ができたとしても、「ガチャン」と切ってしまえば、それだけで印象を悪くしてしまう。それまでの配慮に感じる言葉自体までもが、嘘っぽく感じてしまう。留守電メッセージを聞く際にも、最後に受話器をおく音が入っていると、耳障りな気がしてならない。 

たかが電話。 されど電話。

円滑なコミュニケーションとは、この「されど」にかかってくるものである。

2004年2月
#054 されど電話
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