無言の会話
Talking with no words
人間避けて通れないことは必ずある。人との別れもそのひとつ。
千葉大学関係者の中で最も親しくしていただいている方といえば、間違いなく西田行孝氏である。
嬉しいことがあれば思いっきり喜び、悲しいことがあると思いっきり落ち込む。気に入った人間のためなら何だってやるけれど、気に入らない人間には手厳しい。機嫌がいいときのお酒はとても明るくて陽気、虫の居所が悪いときは、みっともない酔っ払い。
人間という生き物を絵に描いたような人だ。魅力を感じて止まない人物である。
先日お父様が他界された。今年の3月末にお母様を亡くされたばかりである。
お母様の死は本当に突然で、何がなんだかわからない状態でのお別れだった。お父様は長年お身体を患っていらっしゃったため、覚悟はおありだったようだ。
父と息子には、日ごろ会話はほとんど見受けられなかった。
口を開けば「若い頃からお袋に迷惑ばかりかけてるだめ親父でよ。」
という言葉だった。
その言葉には、父に対する強い信頼感と、偉大なる尊敬の念が常に込められていた。
お父様の告別式当日の朝、私は早めに葬儀場に出向いた。そこには、西田さんがたった一人でお父様のお顔を眺めている姿があった。
「親父、よく頑張ったな。」
「色々と迷惑かけたな。ありがとよ。」
「うるせえよ。早くお袋のところに行ってあげな。あの世で幸せに暮らすんだぞ。」
そんな会話がなされているような気がした。
私は黙ってその場を見守った。
お父様は、最後の闘病生活の中で、次のような歌を詠まれている。
空あおぎ 雲の上の 妻に合う
息子は、次のような歌を詠み返した。
らいせに さちおおかれと てをあわす
男の美学を感じた。
