酒学 ―その1―
Sakegaku -Vol.1-
21歳から23歳までの2年間、南アフリカ共和国のケープタウンにいた。外務省在外公館派遣員として日本国総領事館に勤務していたころの話である。
特に親しくしていただいた方の中に、日本水産株式会社のトロール漁船船長をなさっていた、武半守太(たけば・もりたか)氏がいらっしゃった。
親分肌で豪快、まさに「船乗りの男」を絵に描いたような方だった。
南アフリカ沖での操業のため、数か月に一度ケープタウンにいらっしゃっていた。初めてお会いして以来、昼はゴルフ、夜は 豪快に飲むというのが決まりごととなっていた。
いつお会いしても、本当の息子のように接して下さった。
武半船長のお陰で、たくさんの船乗りの方々と交友を深めることができた。皆さんお酒がお好きで、これまた酒豪ときていた。私が酒好きだったこともあり、船員の方々からもお酒の席によく誘っていただいた。
とある日、
「よし、その若い兄ちゃん。いっちょ、酒の勝負でもするか」
酒好きな私を見て、ある船員さんが吹っ掛けてきた。
酒には強いと自負していた私は、
「いいっすよ。やりましょう!」と、闘志むき出しで勝負に臨んだ。
武半船長の合図の下、それぞれのコップに日本酒がなみなみと注がれた。
かつて経験したことのないペースで日本酒を飲み始めた。そして数時間後、これまたかつてない醜態をさらしていた。生まれて初めて記憶をなくした。記憶が飛んでいる間の行動は、次のようなものであったらしい。
突然、椅子の上に立ち上がって、将来の自分の夢を熱弁。その後一人ひとりの近くに行って皆さんの夢を聞いて回る。
(ここまでは許される範囲か。。。)
その後、「鳥になります」と言って部屋を飛び出し、デッキから延縄網(魚をとるための大きな網。幾重にも重なっているため、クッションのようになっている)に向かって飛び降りる。
(私の危険極まりない行為に皆さん延縄網に向かう。)
網に飛び込んだ私は、「今度は魚になります」などと言いながら 、服を脱いで海に飛び込もうとしたそうだ。皆さんに押さえつけられた後、急におとなしくなり、そのままバタンと倒れて爆睡したそうである。
あー、なんとも恥ずかしい。記憶にないことがこれまた恥ずかしい。
翌朝、武半船長が子供を諭すように、ゆっくりと静かにおっしゃった。
「弘次、酒は飲むもの。飲まれるもんじゃない。いいか、酒には飲まれるなよ。」
そのとき、「酒には一生飲まれないぞ」と、心に誓った。
私がケープタウン滞在中に、武半船長は無事定年を迎えられた。だが、武半船長には悲運が待ち受けていた。
ある日、定年を終えられた武半船長から電話がかかってきた。
「おい、来週ケープにいくぞ。ゴルフ場の予約頼むぞ。」
「えー、遊びにいらっしゃるんですか?」
「いやな、船長が足りなくて、会社からもう1回だけ乗ってくれと頼まれたんだよ。場所がケープだったから引き受けたよ。」
「わかりました。任せてください。楽しみにしています。」
船長一行がいらっしゃる朝、武半船長をはじめとする日本水産の船員が搭乗する南アフリカ航空機が、行方不明になったというニュースが飛び込んできた。
すぐに領事館に向かい、南アフリカ航空に乗客名簿を知らせるように依頼。そこには、間違いなく武半船長以下、船員の方々の名前があった。言葉を失いながらニュースの行方を追った。
数日後モリシャス沖で飛行機の破片が発見され、墜落したということが確実となった。生存者はなかった。
2年間で最もつらい思い出である。
任期を終え帰国の途につく途中、飛行機が墜落したとみなされる場所から程近い小島・モリシャスに立ち寄った。一升瓶を2本持って一人岸壁へ腰掛けた。どこまでも続く真っ青な海が目の前に広がっていた。
合掌をし、1本は武半船長へと海へ献杯。もう1本は、船長を偲びながらゆっくりと飲み干した。
そして、「酒には絶対に飲まれない」
あらためて心に誓った。
